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狩人も名古屋出身なんですよ。

狩人は、兄・加藤久仁彦と弟・加藤高道の二人による兄弟デュオで
最近はあまりテレビに出演していませんが、活躍しているようです。


その名前の由来は、二人の恩師である都倉俊一から、いつまでも
大ヒットという獲物を狙い続けるハンター(狩人)であって欲しい
といわれて名付けられたものであるという。


一時期人気が低迷して「狩人はあずさ2号に乗ってどこかに行って
しまったのでは?」と噂されることもあったが、1995年(平成7年)
あずさ2号(ニュー・ヴァージョン)で復活し、現在に至る。


近年では、二人が別々に歌手、俳優として活動することも多いが、
一般に言われるような兄弟仲が悪いという訳ではなく、歌手以外に
自らの才能のテリトリーを広げようということのようである。


また煙草のポイ捨て撲滅を訴える新曲「どんポイ! (Don't Poi!)」
のヒットと、ポイ捨て撲滅運動への参加及び初のレギュラーと
なったラジオ番組「狩人ときめきの扉」への出演は記憶に新しい。


2006年(平成18年)3月19日には、デビュー30周年コンサートと、
プロ野球OBチームマスターズリーグとの野球試合を東京ドームで
開催して、主催者側発表で約2万人の観客を集めた。


ほかにも「山本正之」がいるのだが、知っている人いるかなぁ〜?


1974年、「燃えよドラゴンズ!」で作詞・作曲デビューをはたす。
翌1975年、「ドラゴンズよありがとう」で歌手デビューを果たす。


その後テレビアニメ『タイムボカン』の音楽を担当したのが
きっかけで、1970年代後半から1980年代前半にかけて、テレビや
企画物の曲を数多く世に送り出した。


実は『タイムボカン』の主題歌は小林亜星と競作で、本人は駄目
だと思い込んでいたが、当時のタツノコプロの社長・吉田竜夫が
周囲の反対を押し切り、山本に決定したそうである。








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